編集部: 文学部教育学科の初等教育専攻は、何を目的として学ぶところなのでしょうか?
初等教育専攻は、小学校および幼稚園の教員を養成することを目的とした専攻です。文学部の創設はいまから40年以上前の1966年、そして初等教育専攻は1969年に設置され、私学における小学校および幼稚園の教員養成課程としてはとても長い歴史と伝統を持っています。既に多くの方が卒業し、幼稚園や小学校の現場で活躍しています。その中には校長先生や指導主事、管理職に就かれた方も大勢いらっしゃいます。この専攻で私は、初等教育の中でも幼児教育の分野を中心に担当しています。3歳から就学前の6歳になるお子さんを対象にした教育で、つまり、幼稚園の先生になりたい学生さんを教えているわけです。本学の初等教育専攻で、所定の単位を修得すれば、幼稚園教諭の一種免許状と小学校教諭の一種免許状が取得できます。
編集部: 先生は国士舘大学で、どのような授業を担当されているのですか?
私が担当しているのは、幼稚園の先生になるための基礎を学ぶ「幼児教育学」と「生活科概論」(2年生)、「教科教育法(生活)」(3年生)、保育内容の「人間関係」と「環境」(4年生)の授業です。2年生が対象の「幼児教育学」では、幼稚園ってどんなところ?先生はどんな仕事をしているの?といった基本的なことを学びます。「生活科概論」では、小学校にある生活科という科目について学びます。
それから3~4年生の卒業研究も担当しています。卒業研究のテーマは、基本的には学生に任せています。3年生の授業はゼミのような形式で、卒論って何、どんな研究テーマがあるの?といったことから始め、実際に論文を読み、研究のための批判的な読み方の練習などをやっています。授業に元幼稚園の先生を招いて、「幼稚園の先生ってどんな仕事をするの?」「どうすればなれるの?」といったインタビューの練習もしています。研究するためには、幼稚園の先生方や保護者のお話を伺う機会が多くなりますから、失礼のない聞き方を身につけることが大切です。また、現場の経験者の話を聞くのは、学生の就職活動にも大いに役立ちます。
編集部: 保育内容の「人間関係」「環境」という授業で、学生は何を学ぶのですか?
保育内容は3、4年生を対象にした科目で、幼稚園(教諭)の免許を取るうえで必要になってきます。幼稚園の学びには、「健康、人間関係、環境、言葉、表現」の5つの領域があり、これは小学校の教科にあたるものです。私はそのうちの「人間関係」「環境」を担当しています。幼稚園というのは子どもたちにとって、生まれて初めて入っていく同世代の集団です。この中でどのように友だちと仲よくなればいいか、先生は子どもたちにとってどんな存在であるべきか、といったことを「人間関係」では学びます。また、「環境」というのは、自然環境だけでなく、まわりの友だちや先生、保護者などの人的環境も含みます。子どもは幼稚園に来たとき、誰と遊ぼうかな、どこで遊ぼうかな、今日は何をしようかなと、いろいろ探りながら自分の好きなことを見つけていきます。園児の学びの環境をどう教員が準備してあげるか。小学校でいう生活科、社会科、理科にもつながっていく内容になっています。
編集部: 先日、「生活科概論」の授業で学外へ行かれましたね。何を学びに行ったのでしょう。
生活科というのは小学校の1~2年生が学ぶ教科です。やるべき内容は国から指定がありますが、どんな教材や活動を通じて学ばせるかは、学校ごと、クラスごとに異なり、現場の先生に委ねられています。先日の「生活科概論」の授業で学生たちは、小学校の学区と呼ばれる範囲を想定しその中で、生活科の授業の教材になりそうな題材にはどんなものがあるのかを探しにいきました。9つのグループに分かれ、それぞれが大学周辺の梅ヶ丘エリアを中心に探索しました。
学生には私が作った「指令書」を封筒に入れて渡しました。学生に注意したのは、目的はあくまでも教材研究であり、教材は生活科の内容に合致していなくてはならないということです。だから、その地域の児童にとって身近でないものはNG。例えばこの近辺なら、松陰神社には松陰神社の行事があり、豪徳寺には豪徳寺の行事があるというように、地域密着型の教材を扱うのが生活科の特質です。学生に渡す注意書きを「指令書」にしたのは、小学校1年生が探検するとき、どうすれば子どもがワクワクするかを体験してもらいたかったからです。普通にプリントした文書でもよかったのですが、海賊が持っているような羊皮紙っぽいデザインにしてみました。
編集部: 先生は教育の分野で、どのようなご研究をなされているのですか?
大学生のときには、主に夫婦の育児、父親の育児参加について研究していました。当時、父親の育児参加が話題になっていて、育児をしない父親はパパじゃないみたいなことも一部で言われたりしていました。私はどちらかというとパパっ子だったので、「父親がかわいそう、お父さんの味方はいないの?」って思ったんですね。父親だって本当は育児をしたいんじゃないのか。育児をしたくてもできない人の声をすくいあげて施策を考えていかなくちゃ、父親の育児参加は難しいだろうと考え、この分野の研究を始めました。
大学院では、夫婦はお互いの育児についてどう思っているのだろう?誰が?いつ?どれだけ子どもにかかわるか、どのように育てるか…どうやって決めて、どのように現状を受け止めているのだろう?ということに興味を持ちました。例えば共働きの家庭で、奥さんが「今日はお迎えお願いできるかしら」といったとき、ご主人は仕事との調整をつけなければなりません。奥さんも上の子のPTAの会合やらで忙しい。そこをどうやって調整しているのかなと。また、育児に関して夫婦はどういうときにもめごとを起こし、どう解決しているのかなと。難しいですが、育児をめぐる夫婦関係に着目しながら,複数の養育者が育児にかかわる良さ、お互いの良さを育児に活かす術を探っていきたいと思っています。
編集部: 先生は初めから、幼児教育の道に進もうと思っていたのですか?
いや、それが違うんですよ。実を言うと小さい頃は科学者になりたくて、宇宙飛行士になりたいという夢がありました。ところが、高校のときに仲のよかった子が、生物学の分野で国際学会のジュニア大会に出ましてね。その子のことを見ていて、「ああ、私もああなりたい」と思うんですが、とてもじゃないけどその子みたいには頑張れない。それでも、研究職に就きたいという思いはあって、どうしようかなと悩んでいたんです。ちょうど「キレる」という言葉が浸透し始めた頃で、学校教育や若者がおかしい、なんて騒がれていたときに多感な高校時代を過ごしたんです。それで次第に教育への思いがつのり、大学のときにはもう幼児教育に的を絞っていました。
幼稚園の先生に興味を持ったのは、自分が通っていた大学の附属幼稚園との出会いです。幼稚園科の学生はいつでも園に行ける環境だったので、子どもたちと遊んだり、先生方に教えていただいているうちに、幼児教育の楽しさや奥深さに気づくようになりました。ただ、挫折を味わったのも同じ園での教育実習です。学校の勉強は予習復習をしていれば大丈夫ですが、現場に行くとまったく通じない。子どもたちの反応を見ていたり、日誌を書いていると、自分の準備不足や努力不足に気づかされるんですね。もう逃げ出したくて、早く実習の7週間が終わらないかと祈るようでした。卒業後は非常勤で幼稚園の先生を3年間と、保育園の先生を1年やりました。現場に出た経験は、学生を教えるうえで役に立っていると思います。幼稚園の先生の大変さや悩みも踏まえつつ、この仕事の魅力を伝えられればと思います。
編集部: 幼稚園の先生を目指す学生にとって、教育実習は大きな意味を持つものなのですね。
そうですね。教育実習は大学4年生の5~6月にかけてやりますが、この4週間は大きいですね。それまでの3年の学びが、すべてそれに向けて集約していくという形です。実習の現場に立つと、学生たちはもう必死ですね。教材の相談も絶えずありますし、一所懸命だからこそ悔し涙を流す学生もいます。私も同じ思いをしましたから、学生の気持ちはよく分かります。実習である程度の手応えがないと、就職して学級を任されたとき、とてもじゃないけどやっていけません。私たちとしては、実習に行って現場を知ってほしいというのもありますが、まずは「たいへんだったけど楽しかったよ」と思ってもらいたいのです。
編集部: 先生は、ボランティア同好会の顧問をされていますね。ボランティアも大切ですか?
私が顧問をしているのは、幼児や児童を対象としたボランティア同好会で、地域のお祭りで出店のお手伝いや子どものための科学イベントをしたり、幼稚園?保育所の夏期保育や小学校の陸上競技会のお手伝いをしたりと、いろいろ活動しています。ボランティアに行くと教科書だけでは分からない、いまの子どものリアルな姿が見られます。実際に子どもは何に興味があって、どれくらいのことができるのか。ハサミは自分で使えるのかとか。どんな声かけをしたら動いてくれるのかとか。失敗してもいいから、試行錯誤してみることが大切ですね。そして、教育実習では園は1つしか選べませんが、ボランティアはいろんな園で行えます。自分の就職を意識して園との相性を見るうえでも、いろんな園に行ってお手伝いをすることは無駄にならないと思います。
編集部: 大学を出て資格を取った後、どのような形で幼稚園の先生になるのでしょうか?
教員資格を取った後は、公立の場合は公務員と同じで自治体ごとに採用試験があります。これに合格すれば、晴れて幼稚園の先生になれます。私立の場合は園ごとに採用試験があって、内容は園によって異なります。実習で気に入っていただけた場合は、「うちの園どう思う?来てほしいんだけどな」と30分ぐらいの面接で決まることもあります。また、専門や教養に関する筆記試験や作文、ピアノのテストなど、いろいろ試験をする所もあります。中には模擬保育や体験的にクラスの中に入ることによって、先生方との相性を見る園もあります。この子、優秀だけど、うちのスタッフと合うかしら、といった感じですね。
編集部: 最後になりますが、学生たちにはどのような幼稚園の先生になってほしいとお考えですか?
そうですね。私としては、子どもといっしょにさらに成長できる先生になってほしいと思っています。たぶん、教員になれたとしても、1年目から完璧を目指すのは難しいと思います。うまくできないこともたくさんあるでしょう。でも、ベテランの先生の保育のうまさを見て落ちこむのではなく、しっかり吸収しながら、新任?若手の先生なりにできることをやってほしいと思います。子どもと汗だくになって20分も30分も鬼ごっこをするとか、そういうのはベテランの先生にはなかなかできません。子どもが好きなキャラクターだって、若い先生の方が詳しいかもしれませんね。1年目は1年目なりに自分のよいところを認めつつ、よりよい保育者を目指して努力してほしいと思います。
あとは、子どもに対して常に誠実であってほしい。子どもに対して誠実であろうとすれば、教材研究も一所懸命やるだろうし、その日の記録もきちんと書かざるを得ません。あの子たちが明日も笑顔で幼稚園に来られるように。友だちとうまく行かない子に、友だちっていいなって思ってもうらために。知識や技量に足りない部分があっても、子どもに対して誠実であろうとすれば、努力できると思うんです。学生には、ただの子ども好きで終わってはダメ、専門的な知識と技能が伴わなくては、と言っています。幼児期にしかできないこと、幼児期だからこそ経験させてあげたいことを包括的にやっていくのが、幼稚園という場だと思います。すぐにうまくできなくてもいい。いまできないことを課題として真摯に受けとめ、自分も成長しようと思える人に、幼稚園の先生になってもらいたいと思います。また、現場の先生方には、そういう一所懸命な先生を、暖かい目で見守ってあげてほしいと思っています。
青木 聡子(AOKI Satoko)講師プロフィール
教育学博士
●東京学芸大学大学院 連合学校教育学研究科 博士課程修了
●専門/幼児教育学
掲載情報は、
2013年のものです。