編集部: 法学部の「現代ビジネス法学科」は、どのようなことを学ぶ学科なのでしょうか?
国士舘大学の法学部には、「法律学科」と「現代ビジネス法学科」の2つの学科があります。「法律学科」は、法曹を含む法律?行政職などを目指す人のためにあり、オーソドックスな法学教育を基本にしています。もうひとつは、ビジネスに関連する法を中心として実践的に学ぶ「現代ビジネス法学科」で、時代のニーズに応える形で2001年に新設された学科です。私は後者の学科に所属していますが、両学科の学生を教えています。
「現代ビジネス法学科」では、ビジネスと生活に生きる法を学びます。具体的には、企業のリスクマネジメントに関連したビジネス法、知的財産法、国際取引や情報関連の法、社会福祉や消費者法など、生活に関連した法などです。2006年には「現代ビジネス法学科」の上に「総合知的財産法学研究科」という大学院を設け、知財の専門家を4名教員として招いて全員現代ビジネス法学科の所属としました。法学部で4人も知財の専門家を置いているのは、おそらく国士舘大学だけではないでしょうか。
この知財の分野では、2008年から国家試験の「知的財産管理技能検定」(知財検定)がスタートし、注目を集めるようになりました。企業の中に知財管理部門ができ、社員に知財検定を受けさせる会社も増えてきました。私たちも学生に1年生の段階から「知財検定」を受けることを勧めています。昨年3月に実施された「知財検定3級」の試験では、国士舘大学が合格者数で全国1位になりました。法学部の学生を対象とした「法学検定試験」も団体受験を実施しており、憲法?民法?刑法?法学というまさに法学部の基礎的科目を早期にひと通り勉強するためにも1年次からの受験を推奨しています。「ビジネス実務法務検定試験」も多くの学生が受けて合格しています。
編集部: 先生は法学部で、どのような研究をなさってらっしゃるのですか?
私の研究分野は民法で、家族法を専門にやってきました。その中でも特に親子の問題に着目して、離婚後の親権の争いや特別養子縁組などをテーマに研究してきました。今、興味を持って研究しているのが親子関係の確定です。
たとえば、母親とひとくちに言っても、生殖補助医療の進歩によって、人工的に子どもを持つことが可能な時代になり、子どもを生んだ“子宮の母”と、卵子を提供した“卵子の母”の二人の母親がいるということもありうるようになりました。どちらを母親と考えるべきかといったことが、法律の焦点になってきています。
父親についても、血のつながりのある人が必ずしも法律上の父親と認められるとは限りません。民法には嫡出推定という規定があり、子どもが生まれてから一年以内に嫡出否認の訴えを起こさないと、生まれた時点で推定される父親が法律上の父親であると確定されてしまうのです。たとえば、一年以上経ってから、本当の父親が現れて、「血が繋がっているから自分の息子だ」と主張しても通りません。これはもう昨年の最高裁の判例でもそうなっているわけですね。
ただ、民法は120年近く昔にできたもので、今は遺伝子検査で相当高い確率で、遺伝上の父親が誰かを確定できるようになってきています。母親が「これはあなたの子よ」と言ったらそれを信じるしかない時代から、科学の進歩によって、事実上の父親が高い精度で判定できるようになってきた。こういう状況下で、法律上の親子関係をどう考えるか、これが今ホットな話題になっていて、私もずっとここを追いかけて研究しているのです。
編集部: 先生はどのような授業を受け持たれているのですか?
私は「親族法?相続法」という法律学科の1年生の必修科目と、現代ビジネス法学科の「財産法入門」というやはり1年生の必修科目、それと「現代家族と法」という現代ビジネス法学科の2年次配当選択科目の授業を担当しています。それからゼミですね。ゼミは学部の1年生から4年生までと、大学院のマスターとドクターを担当しています。
国士舘大学の法学部は、1年生からゼミがあります。これは本学部の大きな特長で、他の学部に先駆けて導入された制度だと思います。法律学科では「プレゼミ」、現代ビジネス法学科では「入門ゼミ」と呼んでいます。
1年生のゼミでは専門的なことは教えません。ここでは「読む?書く?話す」という基礎的な力を付けてもらいます。私のゼミでやるのはディベートですね。クラスの中でチームを作って、1つのテーマについて議論してもらいます。ディベートをやるときは、司会もタイムキーパーも審判団も全部学生自身がやります。これがとてもいい勉強になります。去年は「首都移転」をテーマに議論してもらいました。首都移転に賛成派と反対派に分かれて、なぜ賛成なのか、反対なのかをそれぞれ論じてもらうのです。そして、どちらの主張に理があったかを審判団が採点し、優劣を決します。チームに分かれてゲーム感覚でやれるので、楽しく学べるのですね。楽しくできて、「読む?書く?話す」の基礎的な力が身に付いてくる。とてもいい勉強になっていると思います。
編集部: 2年生からはどんな学びになるのでしょう。
2年生のゼミでは、専門の勉強をするための基礎力を付けてもらいます。私のゼミですと、民法の基礎的な訓練ですね。テキストはロースクールの演習書を使います。結構レベルが高くて、難しいのですけれど、みんなよくついてきてくれています。
1年生の「財産法入門」の授業で学んだことを、2年生のゼミで取り上げ、演習で使っていきます。具体的には、最高裁の判例2件をベースにして架空の事例を作り、それを題材にして作った演習問題を解いていくということをやります。この事例ではどういう請求ができるのか、この請求は認められるのか、といったことを論じていくのですね。ここで大切なのは、最高裁の判例を一審から丁寧に読んでいくという作業です。判例を隅から隅まできちんと読むこと、これを私はとても大切にしています。
編集部: 3年生や4年生になると、もっと高度な学びになるのでしょうか。
はい、3年生と4年生では民法のゼミをやります。このゼミでは「家族法」をテーマにして、「親族法」から「相続法」に至るまで、1人が1つのテーマを受け持ってみっちり学びます。また、3年生の時にゼミ合宿がありますが、ここでは1日中ぶっ通しで判例を一字一句もらさずに読んでいくということをやります。泊まり込みなので、学生に逃げ場はありません。「今日は家に帰らなくていいからね」といって、徹底的にやります。原告の主張、被告の主張、裁判所の認定する事実、判旨、判例の構成を徹底的に読み取る訓練をします。こうやってじっくり読んでいくと、判例って面白いんですよ。まさに筋書きのない人間ドラマですから。そこにはリアルに生きている家族の人生が詰まっている。法律という理屈の背後に、生身の人間が起こした事件がある。そこが面白いし、その面白さを学生にはぜひ分かってもらいたいと思っています。
編集部: 国士舘大学の法学部には「法研指導」というものがあるそうですが、これはどういうものでしょうか。
「法研指導」は、資格試験や公務員試験を目指す学生のために設けられた随意科目で、国士舘大学法学部ならではの特徴的な学びのシステムです。「法研指導」の学びを高めるのに役立っているのが、「法学研修室?知財研修室」と呼ばれる研修室です。この研修室には机と椅子やパソコン?プリンター?スキャナが備えられ、各種試験の問題集やテキストなどを揃えて、資格試験や公務員試験などを目指す学生が自由に勉強できるようになっています。毎年この部屋を使いたい学生を募るのですが、ここ数年は定員を上まわる申し込みがあって、審査して落とさなければならないと委員会で毎回問題になっているのですが、びっしり記入された志望理由書を読むと落とすに忍びなくて、今のところ定員オーバーで受け入れています。「法研指導」は法学部創設当初「法学研修室」で学ぶ学生を指導するために始まった科目で、これまでに多くの資格試験の合格者を生み出しています。
編集部: 「法研指導」では合宿もやるそうですね。
はい、「法研合宿」といって、毎年9月にやっています。この合宿には多くの学生が自主的に参加して、その上嬉しいことに、卒業生がいっぱいやって来て、私たち教員とともに学生の勉強を手伝ってくれます。現役の弁護士や裁判官が付きっきりになって教えてくれるのだから、学生もやる気が出ますよね。こうやって卒業生が来て学生の面倒を見るのは、いまや国士舘大学法学部の伝統のようになっています。
このきっかけを作ってくれたのは、実は卒業生だったのです。あるとき私が法研指導の授業をやっていたら、卒業生の男の子がふらっと教室に来ていました。私の法研指導を一年間受けて、司法試験に合格していた子です。私がふっと顔を上げると、彼が教室に居ました。私はびっくりして、「今日はもう授業をやめよう!」と言って、学生を連れて34号館のスカイラウンジに行きました。そこでお茶を飲みながら、卒業生を囲んで、みんなで話をしたのです。そうしたら、学生たちが目をキラキラ輝かせて卒業生の話を聞くじゃないですか。司法修習生のバッヂが珍しくて、スマホで撮ったりしながら。あのときからクラスの様子が変わりましたね。お店は夜の9時まででしたが、私たちがあんまり盛りあがっていたので、10時まで開けてくださいました。そのとき最後まで残って話をした学生は8人いました。その半分が、今はロースクールに通っています。
編集部: それをきっかけに、卒業生が手伝ってくれるようになったのですか。
そうなんです。これをきっかけに、ゼミや法研指導に法曹になった卒業生が来てくれるようになりました。「楓門祭」や「鶴川祭」といった学校行事のときにも「なんでも相談会」というのを開いて、在校生に話をしてくれます。また、学部で行う「春のガイダンス」にも卒業生が大勢来てくれるようになりました。特に春のガイダンスは、法曹ガイダンス、弁理士ガイダンス、公務員ガイダンス、警察官ガイダンスなどがあり、学生がたくさん集まってきます。300人ぐらいを前に堂々と話をするのだから、卒業生たちはたいしたものですよ。弁護士や弁理士や検察事務官や市?区役所の職員や警察官などなりたい職業に就いた卒業生たち、その立派な姿を在校生が見て、刺激を受けるわけです。「私も頑張ればああなれるんだ」と思ってね。これがいい効果を生むのです。
編集部: 最後になりますが、法学部の学びを通して、先生はどのような人材を育てようとお考えですか?
私自身としては、「法的素養を持つ、論理的な思考力を身につけた人間」として、世に送り出していきたいと考えています。「リーガルマインド」という言葉をよく使いますが、現代ビジネス法学科であっても、法律学科であっても、ここは法学部ですから、法的な素養を身につけて、社会で活躍してもらいたいと思っています。
よく私は「現代ビジネス法学科なのに、なぜ民法を勉強しなくちゃならないの」という質問を受けます。その理由は、民法を勉強することによって法的素養が身につき、法的素養を身につけると、「論理的な思考」や「多面的な思考」が培われるからです。社会に出て役立つのはこの2つの力です。つまり、法律を学ぶことを通して、社会人としての基礎力が身につくのですね。これさえ身に付ければ、どの企業に行っても立派にやっていけます。
日本の法律教育は、100年以上の歴史を持っています。法学部というのは、日本の大学の歴史において最も伝統ある学部のひとつで、国士舘大学の法学部も、その歴史と誇りを背負っています。「現代ビジネス法学科」であろうが、「法律学科」であろうが、根っこは同じです。一貫して大きな流れを持った日本の法学教育の一部なのです。そのことを忘れずに、法律の学びを通して、社会に役立つ有用な人間を私は育てていきたいと思っています。
五島 京子(GOTOH Kyoko)教授プロフィール
●早稻田大学 法学研究科 修士課程修了 博士課程単位取得満期退学
●専門/民法(家族法)