編集部: 理工学部の健康医工学系(2019年4月 人間情報学系へ名称変更予定。)では、
どのようなことを学ぶのでしょうか?
ご存じのように、日本は世界有数の長寿国となり、人々の健康に対する意識はますます高まってきています。このような社会の要請に応えるために、「健康医工学系」では、基礎医学?医療情報に関する知識を基盤として、人々の健康およびスポーツ技術の向上に寄与するための科学的な理論を学び、工学的センスのある、健康に関する総合的知識を持つ人材を育成しています。
また、2019年度からは学系の名称を「人間情報学系」に変更し、カリキュラムも改編します。根底にある理念、“医療、健康、スポーツ、工学を融合させながら社会にどう役立てていくか”ということに変わりはありませんが、今後は「情報」により力点を置き、人々の健康ニーズに寄与できる学びを授けていきたいと考えています。
編集部: 先生はどのような授業を担当なさっているのですか?
授業はいくつか担当していますが、主だったものとなると「健康医工学B」「健康医工学C」と「トレーニング科学」と「生体計測論」の4つでしょうか。
「健康医工学B」の授業では、まず、人間の身体の構造や仕組みがどうなっているのかという基礎的なことを学びます。その知識を踏まえた上で、「トレーニング科学」の授業では、実際にフィットネスルームで運動し、身体の構造や動きを調べていきます。たとえば、ベンチプレスを上げるときはどの筋肉が動いているか、その筋肉の構造はどうなっているかといったことですね。さらに、「生体計測論」の授業では、超音波画像診断機器などのハイテク機器を使って、身体の内部の構造をのぞき込み、脂肪と筋肉の割合がどうなっているかなどを調べていきます。
編集部: カリキュラムの学びの中でトレーナーの資格が取得できるとうかがいました。
これはどのような資格ですか?
これも健康医工学系※の特色の一つですね。国士舘大学は「JATI(特定非営利活動法人 日本トレーニング指導者協会)」が認定するトレーニング指導者の養成校になっていて、カリキュラムの中に資格取得のための学びが入っています。私が担当している授業もそのひとつです。
日本にはそもそも「トレーナー」の国家資格がありません。ひとくちにトレーナーといっても、厳密な定義はないのです。たとえばフィットネスクラブのインストラクターもトレーナーですし、ボクシングのセコンドもトレーナーです。私自身は、健康医工学系※の学びを通して、「運動の指導を必要としている人」に対して、幅広くいろんな関わり方ができる人を育てたいと思っています。この「JATI」のトレーニング指導者の資格は、それに近い考え方のものです。
この資格を取得すると、子供からお年寄りまで、いろんな人に指導するための知識や技術が身につけられます。たとえば、スポーツの最先端の現場でアスリートのトレーニング指導をする。あるいは、中高齢者の健康増進のために役立つ指導をする。また、最近は体育の塾や家庭教師といった仕事もあります。どの分野に進むにしても、「JATI」のトレーニング指導者の資格は幅広く役立つと思います。
編集部: 先生はゼミも担当なさっていますね。ゼミでは何を学ぶのですか?
私は3年生と4年生のゼミを受け持っていて、それぞれ10名ほどのゼミ生が学んでいます。ゼミの2年間の最終ゴールは、卒業研究論文の作成です。それに向けて必要となるスキルを3年のときから学び、身に付けていきます。
各自が興味のあることを突き詰めていくことが研究だと思うので、卒業研究のテーマは本人がやりたいことを選び、私がサポートする形でやっています。でも、結果的には私が専門としているトレーニング効果の検証とか、新たなトレーニング方法の開発、身体動作の解析などのテーマが多くなりますね。
編集部: 具体的に、学生たちはどのような研究をしていくことになるのですか?
そうですね、たとえば「ストレッチ」を研究するとしましょう。ストレッチをすると、身体の何かが変わります。でも、何がどう変わったのかは、実は本人にもよく分かりません。何となく「足が動くようになった」という程度の認識でしょう。そこを「本当によくなったの?」「何がどうよくなったの?」ということを、さまざまな機器を使って計測し、数値化し、実証していくことが研究です。感覚でしか分からなかった部分を「数値化」して、客観的に「見える化」することが、理工学部の学びとして最も大切だと私は思っています。
ここで難しいのは、身体の微妙な違いを、どんな機器を使って表現するかということです。トレーニングの現場で、これが適切にできるようになるためには、あらゆる計測機器を自由に使いこなせる必要があります。そのために他の先生が担当されている授業や、3年次のゼミで、最低限必要となる計測機器の使い方を覚えていきます。たとえば、筋肉の活動を測る「筋電図」や、身体の動き方を可視化できる「3次元動作解析機器」、身体内部の情報を可視化できる「MRI」や「超音波画像診断機器」などですね。
トレーニングの指導というと、これまでは感覚的な部分が大きく、その効果は曖昧でした。でも、今後は間違いなく効果を「数値化」し、客観的に見ていく科学的な指導法がメインになってくると思います。私がトレーナーとして現場でやっている仕事も、まさに同じです。これからの時代の主流となる科学的な指導方法を、理工学部の学びを通して身に付けていってほしいと思っています。
編集部: 先生はどういった経緯で、トレーナーの研究分野に進まれることになったのですか?
私はもともと大学で、医療系の「理学療法士」という国家資格を取得し、病院に勤めてリハビリの仕事をやっていました。たまたま就職した病院が水泳の医科学的なサポートをしていた関係で、水泳選手のコンディショニングに関わるようになりました。
そしてある日、「国立スポーツ科学センターで水泳の代表合宿があるから、おまえ行ってこい!」と言われ、トレーナーとして参加しました。そこで、オリンピックでメダルを取ったような有名選手の身体を調整するという役を担いました。正直いって、そのときはトレーナーとしての経験も浅く、自分が関わることで調子が悪くなってしまったら嫌だなという思いもあって、無難なストレッチぐらいしかできなかったんですね。それで、今後も水泳に関わるのだったら、もっと勉強しなくてはという思いが強くなりました。水泳と本格的に関わるようになったのは、それからですね。
編集部: それでアーティスティックスイミング(※2017年にシンクロナイズドスイミングから名称変更)の日本代表トレーナーになったのですか?
いえ、最初に関わったのはアーティスティックスイミングではなく、競泳です。当時、たまたま水泳の仕事で知り合った先生が、新潟の大学で監督になって水泳部を立ち上げるという話があって、トレーナーとして来てくれないかというお誘いを受けました。で、それまで勤務していた病院を辞め、新潟の大学で理学療法学科の助手を勤めながら、水泳部をサポートすることになったのです。
私がはじめてアーティスティックスイミングの選手に関わったのは2013年のJAPAN OPENという大会でした。ロンドンオリンピック銀メダルのスペイン代表チームが来日して出場したのですが、その時に自国のトレーナーを帯同させることができなかったので、水泳連盟を通じて誰かいないかということで、私に白羽の矢が立ちました。言葉もあまり通じない中、はじめて競泳選手を国立スポーツ科学センターでみさせていただいたときと同じような感覚を覚え、とても刺激的でした。ロンドンオリンピックでは残念ながら初めてメダルを逃してしまい、日本代表チームのヘッドコーチに井村雅代先生が復帰されました。選手だけでなく、スタッフも新しいメンバーで、ということもあってその時から関わらせていただいています。リオオリンピックでの日本のお家芸の復活は記憶に新しいかと思います。私はその間のアジア大会や世界選手権などもサポートさせていただき、リオオリンピックで選手やコーチたちと感動を共有できたことは一生の宝物です。
編集部: 先生は理工学部で、アーティスティックスイミングの研究もされていますね。
はい、この分野の研究に着手したのは国士舘大学に来てからなので、まだ2年くらいです。実は、本学のメイプルセンチュリーホールには床が昇降するプールがあって、プールの底が3メーターまで下がるんです。底を下げるとアーティスティックスイミングができるようになるんですね。さらに、選手の水中での動きが解析できる「3次元動作解析機器」も備えています。そして、国士舘大学には、アーティスティックスイミングのチームもあるわけでしょう。これだけ恵まれた環境にいたら、もう研究するしかありませんね。
アーティスティックスイミングは、どちらかというと主観で採点される競技のため、これまで客観的なデータを取り入れることはあまりやってきませんでした。でも、このように水中での身体の動作や状態が計測できれば、必ず指導やトレーニングに役立つと思います。まだ始まったばかりで試行錯誤の段階ですが、この分野の研究はこれから盛んになるでしょう。
ちょうどこの春から、私のゼミ生2名が大学院に進んで、アーティスティックスイミングの研究をすることになりました。そこで、リオオリンピックで一緒だった選手や国士舘大学のアーティスティックスイミング選手に声をかけて、「勉強会」を開くことになりました。彼女たちも大学は別ですが、引退後に大学院に通って勉強しています。実際に競技をやっていた人たちと議論を深めながら、どういう機器を使って何を計測すればいいかといったことを探るのは、とても有意義だと考えています。みんなで情報を共有し、学びを深めていけたらいいなと思っています。
編集部: ノルディックウォーキングの研究もなさっているとうかがいましたが、
これはどういうものですか?
もともと私が研究していたのが、「変形性股関節症」という病気でした。股関節が変形して、歩くと痛みが出たり、左右の足の長さが変わったりする病気ですね。最初に勤めた病院の先生が、この治療のための手術を得意としていて、そのリハビリをやっている中で興味を持ち、歩行の研究をするようになりました。
障害や痛みのために歩けなくなった人をたくさん見てきた中で、いかにして痛みなく歩ける事が大切かということを研究テーマにして、博士論文を書きました。そんな中で出会ったのが、「ノルディックウォーキング」という2本のポールを持って歩く運動だったのです。プールの水中歩行も身体にはいいのですが、高齢者の中には「近くにプールがない」「水着は着たくない」という人が少なくありません。ノルディックウォーキングならポールを突いて歩くだけですので、誰でも、どこでも、気軽に始められます。
編集部: 最後になりますが、健康医工学系 ※の
学びを通して、どのような人材を育成しようとお考えですか?
そうですね。これから日本は本格的な超高齢社会に入っていきます。日々の健康を維持するためには、軽くてもいいから運動を続けいくことが大切で、このような市民の運動を指導し、サポートしていける人材が不可欠になってきています。健康医工学系 ※の目指しているところはまさにここで、トップアスリートから、子供、お年寄りまで、幅広い人々の健康増進に役立つスキルを4年間でみっちり学んでほしいと思っています。
ただ、ここで大切なのは、やっばり「人間性」かなと私は思います。子供からお年寄りまで、誰にでも好かれる「人間味あふれる人」になってもらいたい。誰にでも好かれる人は、どこで働いてもうまくやっていけます。理工学部の学びは数値を扱って、客観性を大切にしていますが、その裏には必ず“人間”がいます。だから、人間性を磨いてほしい。もちろん学問は大切ですけど、知識や技術は働いているうちに自然と身に付くものです。大切なのは、その知識や技術をどう人のために役立てていくかということ。計測した数字の中から、ちゃんと人間らしさを読み取れるような人になってもらいたいと願っています。
地神 裕史(JIGAMI Hirofumi)准教授プロフィール
●博士(医学)/新潟大学大学院 医歯学総合研究科 生体機能調節医学専攻
整形外科分野 博士課程修了
●専門/アスレティックトレーニング、運動器疾患に対する運動療法効果検証